── もともと、ラーメンの道ではなかったとか。
「家族が幸せになれるなら、自分の家で働いた方がいい」
「実は、父が営む常勝軒で、昔からアルバイトをしていたんです。だから飲食の大変さは、身に染みて分かっていた。それもあって、一度は別の道へ——建築の設計士になりました。2級建築士も取って。でも設計の仕事は、お客さんと打ち合わせしたものが“降りてくる”だけ。言われたものを作るばかりで、自分が本当にやりたいところには届かなかったんです。形を残す仕事ではあったけど、何かが違う。結局、大変だと知っていながら、自分はラーメンの世界に戻ってきた。叔父の田代(浩二)さんのもとでやってみたら、これが奥が深くて。手も気持ちも、全部自分次第。あぁ、これが自分のやりたかったことだ——と、すっと腑に落ちたんです」

















